機器の発達と看護師

投稿者: | 2024年2月29日

神谷美恵子さんの随筆集『島の診療記録から』を読んだ。

著者は、昭和30年代から瀬戸内海にある国立療養所、長島愛生園で、らい患者(当時の呼び名で、今はハンセン)の精神科医療に従事したことで、よく知られている。

いろいろ書き留めたい事はあるが、著者が入院したときに感じた看護婦(当時の呼称)について言及した箇所は、まさに今の重大課題だと思う。約半世紀前の記述。耳を覆っている場合ではない。

P.98-99
 コンピューターが発達すれば、医師はいらなくなるんじゃありませんか、と有名な電気メーカーの社長にいつか大まじめで言われたことがある。私は医師がいらなくなるとは思わないが、それ以上に、看護婦の存在はいつまでも必要とされると思う。
 新しい医療設備や機械により、看護婦さんのエネルギー消耗が少なくなることは結構だが、看護婦さんたちまで「機械の付属品」のような存在になってしまっては、人間に対する医療はありえなくなるだろう。新しい設備や装置や器械はよく使いこなす必要があるが、それによって省けるエネルギーは、あくまで看護婦さんの「人間らしさ」を保つために用いて欲しい。看護婦さんこそ医療における人間らしさの最後のとりでである、とさえ私は思う。(1975年61歳)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください