昨日は、午後6時~9時10分まで、
日本赤十字豊田看護大学大学院で講義をしました。
受講者は5名。そのうち2名は管理者ではありません。
なぜ、「看護管理」の講義を受講しようと思ったのかを聞いたら、
「管理者の言っていることが、言葉としては理解できても意味や内容がわからない」
「管理者の頭の中が、どのような構造になっていて、どういう考え方をしているのかを学びたいと思った。そうしたら、自分がどう動くべきかがもっとわかると思った」
といった受講動機が聞かれました。
この時点で、管理者経験、管理者教育経験のある私としては、
よーし!という、ちょっとした高揚感が生まれました。
私の今回の講義は、レジメもパワポもなし。
マネジメントサイクル、質保証、看護提供の仕組みなどについて、
学生が日々取り組んでいる、あるいは困っている現場での管理現象を挙げてもらい、
それを論理的に考え、理論等に結びつけることを試みました。
駅までの帰り道、
そのうちの一人が、こんなことを言ってくれました。
「ドナベディアンの文献を読んだんですけど、難しかったんです。
でも、今日の講義をきいて、こういうことかっていうのがわかって、
管理者の考えていることも、すごく理解できました。
私がわかっていなかったんだから、私より下のスタッフはもっとわかっていな
くって、やらされ感でいっぱいだと思うんです。だから、ドナベディアンって、
こういう考え方なんだとか、師長さんの意図はこういうことなんだっていうふう
に、スタッフに説明したいなって思いました。」
ああ、よかったなあ。
「腑に落ちる」という感覚を、仲間や同僚に伝えたいという彼女の感性に触れて、
この夜の3時間が、私にもとても意味ある時間となりました。