京都は、干上がる暑さでした。東京都内を歩くと、ワンピースが汗でずくずくになりました。高知では、室内で熱中症になるかと思いました。埼玉のホテルでは、クーラーがききません。どこにいても暑い・・・!
今日は、高知県立大学看護学研究科で講義。5コマ。
テキストも配付資料もなし。教材は、「看護実践の科学」に89回連載していた原稿でした。事前に読んでおいてもらい、学生が興味を持った箇所について読み解くというスタイルをとりました。
「感情のコントロールがうまく出来たのははぜか?」
「理論を管理現場で使うとはどういうことか?」
「看護部長が長期に休んでも現場が回るのはなぜか?」
「看護の質を数字で評価するのは難しいのではないか?」
「分化のイメージはわくが、統合のイメージがわかない。どういうことか?」
といった疑問が学生たちから出てきます。
ダイレクトに答えてしまったものもありますが、基本は、なぜ、自分がその事に興味を持ったのかを言語化してもらうところから始めます。
全員、臨床経験がある学生なので、そうすることで、自分が経験してきた現象と書かれている内容との乖離や類似点に気づいていきます。それをベースにディスカッションします。
自らの体験を主観として捉えるだけではなく、客観的に見ながら、どういうことなのかを理解するプロセスを、教員としてサポートをする感じです。
ある学生は、「あの時の自分のことが、今理解できた」と言ってました。
気がついてみれば、8時間はあっという間でした。
心地よい疲れです。
いつも、拝読させていただいて、一方的におせわになっております。学生さんの訪問看護ステーションでの実習でかかわらせて戴いてますが、体験したことをつまりどういうことだったのか理論と繋がるようにと振り返ることが大切なんだろうなと、思いました。合ってますか?つい、アセスメントの不足にばかり指導の視点が向いてしまう私の傾向に気づいた気がします。理論でいうと、こういうことだったんだと結びついたら、学生さんも達成感や、楽しさにもつなげてくれますよね。きっと。
北直美様
訪問看護ステーションでの実習が増えてくる時代になりましたね。学生さんに丁寧に一生懸命指導されているのだろうなと文面から推察しております。
伝えたかったことは、コメントで書かれているとおりです。
あくまでも理論ありきの体験なのではなく、体験の意味付けをするのに理論を使うという感じでしょうか。
できていないことを指導することが大事な場面もあろうかと思います。それに加えて、できていないからこそ可能性が感じられるような、これからが拓かれるような関わりができたら素敵ですね。
勝原先生 ありがとうございます。新卒さんや学生さんの可能性に気づこうと思ったら私自身に、沢山の引き出しというか、持ち札というか、理論に結びつくものがないと、新たな可能性を見過ごしたり、潰してしまう‼そうでなくとも年令的には、圧迫感ですから。大変です。新たな私の課題がみつかった気がします。ありがとうございました